Letter 36 「星が生まれる場所」について
東京で暮らしていた頃、南日本新聞のウェブ版に載っていたある記事が目にとまった。
「杉林に『星空』 ヒメボタル乱舞 曽於市大隅町」
記事とともに載っていた写真は、森の中に浮かぶ光の河を想起させた。奇しくもその場所は祖母の家がある町だった。
そして、ヒメボタルが現れるというその森は、太平洋戦争中にその地域を拠点としていた部隊の兵舎があった場所だという。僕はその事実にも興味をひかれた。
思い出したのは曽祖父のこと。
僕が生まれるずっと前に亡くなっていて会ったこともないその人は、戦死したんだよ、とだけ聞かされていた。祖母の家の仏間には額に入った彼の写真が掲げられていた。
曽祖父が生きていた時代は、「戦争」が日常だった。
状況が深刻になる1940年〜45年は、曽祖父はちょうど20代後半から30代に入ったところで、終戦を待たずして、1944年に31歳で亡くなっている。
戦死したのは故郷から遠く離れた南の島、ブーゲンビル島タロキナという場所だと聞いている。
現代に生きる僕たちにとって、「戦争」は遠い。
でも、ほんの80年ほど前の出来事なのだ。それだけの時間で、日常はこうも変わる。これからだって変わり続けていく。
いまの僕と同じ歳の頃−−。
曽祖父や、兵士として戦地に赴いた人たちは何を思い、どんなことを感じていたんだろう。
そして、故郷に残された彼らの家族は?
そのことを想像するところから、この曲の物語は生まれた。
メロディーは、駅のホームで電車を待っている時にふっと思い浮かび、携帯のボイスメモに録音した。その旋律を聴きながら、そこに言葉をのせていった。
・
新聞記事でヒメボタルが現れる森について知ってから、ホタルが飛び始める初夏の頃に僕は何度かその場所を訪れた。でも数時間待っていてもホタルの姿はどこにも見えなかった。
そこを訪れるようになって4年目の今年、初めてヒメボタルの姿を見ることができた。天候や時間帯によっても左右されるらしく、新聞に載っていた写真ほど数は多くなかったけれど、ゆっくりと明滅しながら飛んでいるホタルたちの姿は何かを物語っているようで、僕はしばらくの時間をその森で過ごした。
ちょうどその時期、祖母の家の周りにもホタルが飛んでいるのを発見した。僕はこの辺りにはホタルはいないとばかり思っていたので、庭先にゆらゆらと浮かぶ光を見たときには驚いた。そして、この土地にもホタルがいることをうれしく思った。
祖母の家には祖父が作ったアルバムが置いてあり、その最初のページに曽祖父の写真が収められている。軍服を着た曽祖父は若く、写真が撮られた当時、祖父はまだ幼い子どもだった。
<左から2人目が曽祖父>
曽祖父が戦死したとき、祖父は9歳だった。戦地に赴いている間は家にも帰れなかっただろうから、祖父は子どもとしていちばん父親を必要としている時期に自分の父と過ごすことができずさびしかっただろうと思う。
曲の2番の歌詞でずっと空白だった部分があった。でもアルバムの写真を見て、曽祖父に対する祖父の思いを想像していたら、そこにあるべき言葉を見つけた。
どんな時代にあっても、どんな日常に生きていようと、
人が人を思うこと、大事な人とともにときを過ごしたいという思いはきっと変わらない。
———-
*
「杉林に『星空』 ヒメボタル乱舞 曽於市大隅町」
曽於市大隅町月野の杉林に、今年も「森のホタル」と呼ばれるヒメボタルが舞い始めた。青白い光を明滅させながら林の中を飛び回り、まるで星空が地上に降りてきたような幻想的な雰囲気を醸し出している。陸生のヒメボタルは主に森林に生息しており、月野の杉林は3年前に見つかった群生地。太平洋戦争中に大隅・岩川を拠点にしていた芙蓉部隊の兵舎跡に当たる。
(2018年5月29日 南日本新聞)