Letter 21 As It Is in Heaven
以前観て印象に残っていた映画を、昨日改めて観た。『歓びを歌にのせて』というスウェーデンの映画。七年ほど前に出会ったオーストラリア人の青年からおしえてもらった映画だ。彼が言っていたのは音楽についての映画ということだけで、内容は詳しく聞かなかった。彼自身もギター奏者で、彼はギターでとてもいい音を響かせていた。その彼が勧めていた映画だから一度観てみようと思った。
会話の中で彼が言っていた英語のタイトル “As It Is in Heaven” というフレーズを頭の中で繰り返して記憶した。As it is in heaven. 不思議なフレーズだ。調べてみると邦題に行き着き、DVDを借りて観た。心あたたまる物語だった。人々がそれぞれの生活の中で問題を抱えながらも、音楽でつながり、心を通わせていく。外国の映画だけれど、そこに描かれている人たちを身近に感じたし、この映画全体に親密さをおぼえた。映画を観ながら、生活の中から生まれる音楽、というフレーズが浮かんできた。そしてそのフレーズはいくつかの印象的な情景とともに自分の内に残った。
最近ふと思い立ち、またそのDVDを借りてきた。昨日改めて観ていたら、以前は気づかなかったことがたくさん発見できた。こんなにも音楽の本質が描かれていたんだ。そして、人間そのものや愛が、ちゃんと描かれている。とても正直な映画だと思った。
主人公の指揮者ダニエルが、聖歌隊のメンバーに語りかける言葉。
「何よりも大切なのはよく聴くことだ」
「すべての音楽はすでに存在している。常に我々の周囲を満たし息づいている」
「あとは我々がそれを聴きとってつかみ取ればいいのだ」
「人はみな自分の “声” <トーン>を持っている」
「その固有の “声” を探すんだ」
「音楽は心から生まれるんだ。精神を集中しろ」
「それなしでは何も生まれない。何も!」
そんな抽象的なことを言われても何のことか訳が分からず、最初はぽかんとしていた聖歌隊のメンバーたちが、ダニエルの創意に富んだ練習の中で次第に音楽の核心をつかんでいく。まずは自分の身体をよく感じることから始め、自分の声を聴き、他者の声を聴き、全体のバランスにも意識を向けながらハーモニーを生み出していく。最初はバラバラだったメンバーたちの心や声が、知的障がいをもつ青年の声が基音となってそこに声を重ねていき、美しいハーモニーが生まれるのも示唆的だ。そしてメンバーたちは、自らの内にこもる感情を解き放っていく。喜びや、楽しさ、愛しさなどのポジティブな感情だけじゃなく、嫉妬や、怖れや恨みなど、負の感情も。それを、ためらわずにストレートに表現している様子は見ていて気持ちがいい。そしてふだんはなかなか言えない、相手に対して言いにくいことを素直に相手に伝えても、その後にみんなで笑って音楽にのって踊っているところも、心がスコンと晴れている感じがして爽快だ。日本人である僕たちは、他者の前であんな風に自分をさらけ出せるだろうか。そして、自由に表現する他者を受け入れることができるだろうか。
僕は映画を観ながら、これはただの音楽の練習でも、単なる憂さ晴らしでもなく、心の傷を治癒するための一種の療法だと思った。自分の感情に素直になり、それを全身で表現する。お腹が痛くなるほど笑ったり、肩を震わせて怒ったり。怖れや悲しみに打ちひしがれて泣いたり。時には物を壊してしまったり、殴り合いの喧嘩になったりもする。でも、それで何かが解き放たれる瞬間が訪れる。胸の内でつっかえていたものがすっと解消されていく。日々何かを思い、あらゆる感情を抱えながら生きている人間という存在には、きっとそういう体験が必要なのだ。この音楽のセッションを通じて、音楽家としての多忙な毎日に疲れ果てていたダニエル自身も癒されていく。
歌の練習を通してメンバーたちがクリアしていくのは、歌の技術的なことではなく、人間としての個人の課題だ。パートナーに親密さを感じたいのに通じ合えなかったり、夫の暴力に怯えながら生活していたり、愛していた人に裏切られたり。そんな個人が抱える痛みと正面から向き合い、仲間といっしょに乗り越えていく。そのプロセスの中で起こる葛藤や、勇気や、意志や、希望や、メンバーたちとの心の通い合いが、そのまま歌に表現されていく。以前観た時に思った「生活の中から生まれる音楽」というフレーズは、「その人の人生から生まれる音楽」に置き換わった。世の中にはいろんな種類の音楽があるけれど、僕が聴いて心が反応する音楽というのは、奏者の人生が見えるもの。その人が生きている中で生まれる痛みや、苦しみや、喜びがそのまま現れている音楽。
ダニエルが言う通り、音楽はすでにそこにあって、つかまれるのを待っている。その響きにまずは耳を澄ませることなんだ。自分の心の声を聴き、他者の心の声を聴く。静寂の中で耳を澄ませ、そこから音を、自分の声を見つけていくんだ。